便利な家電の今と昔。必要なこと、必要じゃなくなったこと…

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その昔、「冷蔵庫、洗濯機、白黒テレビ」を称して”三種の神器”と呼ばれ、多くの人の注目の的でした。

そして、多くの人がそれを欲し、手に入れることができた人たちは、その便利さに驚き、喜んだものです。
今から考えれば、たかが家電の三種類じゃないか、と思うでしょうが、当時では考えられない様な、正に「ドラえもんの未来の道具」みたいなものでした。
とは言っても、現在の家電とは大違いですが…

冷蔵庫は1ドアで、冷凍室などなく、氷を2連作るのが精一杯でしたし、テレビも白黒で、暗く映りの悪いものでした。
洗濯機も2層で、やたらとうるさいだけで、音程のパワーがないと言うのが実情です。それでも、当時の人の生活は十分便利になりました。

最も重宝がられたのは、やはり冷蔵庫でしょう。現在でも、この3つの内、何がないともっとも不便で面倒かと言うと冷蔵庫が筆頭だと思います。

テレビは娯楽ですので、ないとしても現実の生活で困る訳ではありませんし、洗濯機も手で洗えばできない事もありません。

しかし、冷蔵庫は冬でもない限り、代用の効くものもありませんし、我慢をすれば良いと言う問題でもないので必須の家電と言えるでしょう。

電化製品はこの時代より後、飛躍的に進歩していきます。

テレビはカラーになり、冷蔵庫は2層、3層になって使用目的に応じて使い分けることができ、洗濯機はコンパクトに変化を遂げました。
それ以外にも、掃除機は強力になり、電子レンジや、湯沸かしポット、炊飯ジャーなど、生活を便利に楽にする家電が次々と開発、販売されました。

特にクーラーなどは最大の発明品ではないでしょうか?

今では、クーラーがない生活など考えられません。当時は、どうやって暮らしていたのか、不思議な位です。
どんどん便利で豊かになっていく生活。確かにそれは素晴らしいことなのかもしれません。今や、家電は人の生活のベースとも言えます。

良くライフラインと言う言葉を耳にしますが、既に家電も人間の生活におけるライフラインと言って良いのかもしれません。
しかし、便利になったことで失ったこともあります。家電の発達によって必要じゃなくなったこと、それが失ったことでもあります。

不便な生活の中には、それはそれで生活の知恵や生活するための技術がありました。

例えば、炊飯ジャーでお米を炊くことに慣れた現代人は、炊飯ジャーがないとお米を炊く事がでいない人が圧倒的に多いのではないでしょうか?
水加減一つとっても、カップと計りなしで正確に測る事すらできないと思います。

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確かに現代は生活に追われる毎日です。
主婦業をする方にとって、家電の発展は大歓迎だと言う事も理解できます。

特に、共働きでなければ生活ができない世帯が多い中、家事やその他、家のことで煩わされることは、やる気や面倒、面倒ではないなどに関わらず物理的に不可能である場合も多いでしょう。
しかし、だからと言って古き良き時代の知恵や方法論が完全に失われることは、大きな損失と言わざるを得ません。

実務的な話の側面だけではなく、いわゆる伝統と言う部分も大切にしなければならないと思うのは私だけでしょうか?
また、そう言うことだけでなく、便利と言うことは、不便を受容できないと言うことでもあります。

便利になるほど失ったものとは

便利であればあるほど、それを失った時、変わる方策が他にないと言うことなのです。
便利な生活に慣れてしまったわれわれにとって、便利である事が最低ラインであって、それ以下を想定できない、受け入れられないと言う状況になっています。

過去から現代において、最も発展した電化製品はコンピューターやスマホを含む通信機器です。
現在、これらの通信機器が使用できないと言う状態になったらどうでしょう?

まずは、仕事と言う仕事が機能しなくなります。
他人との接点を持つ事も困難になります。情報を得ることもできず、ある種の盲目状態に陥ります。

もちろん、暇潰しや、遊びの部分でも、それに依存してきた分、自身でそういったことに対する立脚点が見いだせなくなります。
通信機器を一つとってもこのありさまです。

これ以外の家電が失われた場合、人はどんな生活を強いられ、どうやってこれを乗り切るのでしょうか?
これも、ひとえに発達と便利さの方向性が多岐にいたらず、一方向を向いて進んできたためです。

進化とは、疑うことなく、同じ方向に一直線では多様性に欠け、潰しが効かない為に危ういものとなるのは必然です。
特に飛躍的な進化においては、ニュートラルであることこそが安全で健全な進化と言えるのです。

デジタル化に進むにしても、それに依存して、アナログを完全に排除することは大きな間違いなのです。

確かに、企業の商売理論で言えば、マイノリティ派の為のアナログ機器を残し続けるのは大変な事かもしれません。
しかし、それ以上に方向性が間違っていたなら、それで失うものが大き過ぎるとしたなら、それは一企業が判断して進むべき道を決める権利などないのです。

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ですが、われわれ消費者も便利さだけを追求するだけで、それを失った時のことや、それの危険性を考えていない事が、企業の方向性を決める一因となっている事を自覚しなければなりません。

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